【完全ガイド】バックカントリーの始め方|全知識・装備・スキルまとめ
ゲレンデの圧雪バーンとは異なる、手つかずの自然の雪山を滑走するバックカントリー。その魅力に惹かれ、挑戦してみたいと考える方は年々増えています。
しかし、その第一歩をどこから踏み出せば良いのか、情報が多岐にわたるため戸惑うことも少なくありません。管理されていない雪山には、危険が伴うことも事実です。
特に雪崩は怖いと感じる方も多いでしょう。安全に楽しむためには、ルールやマナーの遵守はもちろん、専門的な知識が不可欠です。
この記事では、そうした不安を解消し、安全なスタートを切るための情報を網羅的に解説します。
具体的には、雪崩講習で学ぶ内容や、信頼できるアバランチ講習のおすすめの選び方、そして万が一の事態に備えるおすすめの山岳保険に至るまで、バックカントリーを始める上で必要な知識の全体像を明らかにします。
この記事を読むことで、以下の点について深く理解できます。
- バックカントリーの魅力と、そこに潜む具体的なリスク
- 安全な滑走に絶対に欠かせない必須の装備と専門スキル
- 信頼できる雪崩講習やガイドツアーを見極めるための選び方
- 万が一の事態に備えるために必要な山岳保険の重要性
知識編:バックカントリーの始め方の基本

このセクションでは、バックカントリーに挑戦する前に必ず知っておくべき基本的な知識について解説します。
- バックカントリーとゲレンデの違いとは
- 管理されていない雪山を滑る魅力
- バックカントリーは危険?雪崩は怖い?
- 最低限知っておきたいルールとマナー
- 最初に揃えるべき必須装備「三種の神器」
- 安全のために必要な知識とスキル
バックカントリーとゲレンデの違いとは
バックカントリーとスキー場のゲレンデとの最も大きな違いは「管理されているかどうか」という点にあります。この違いを正しく理解することが、安全への第一歩となります。
ゲレンデは、スキー場運営会社によってコースが整備され、パトロール隊員が常駐し、雪崩の危険箇所は管理されています。リフトやゴンドラで容易にアクセスでき、レストランや救護室といった施設も整っているため、利用者は比較的安全な環境で滑走を楽しむことが可能です。
一方、バックカントリーは人の手が入っていない自然の雪山そのものです。コースロープや案内表示は一切なく、どこを滑るかは自己判断に委ねられます。リフトのような移動手段はないため、自らの足で雪山を登る「ハイクアップ」が基本です。
そして、雪崩や天候の急変、道迷いといったリスクに対して、すべて自己責任で対処しなければなりません。救助隊の到着にも時間がかかるため、セルフレスキューの技術が求められます。
管理されていない雪山を滑る魅力
では、なぜ多くの人々はリスクを理解した上でバックカントリーに魅了されるのでしょうか。その最大の魅力は、ありのままの自然の中で得られる特別な体験にあります。
誰にも踏まれていない、真っ白なパウダースノーの上を滑り降りる浮遊感は、ゲレンデでは決して味わうことのできない格別なものです。
静寂に包まれた雪山の中で、聞こえるのは自分の呼吸とスキーが雪を切る音だけ。この静けさと自然との一体感は、日常の喧騒から離れたいと願う人々にとって、何よりの魅力と言えるでしょう。
また、自らの体力と知力で困難な斜面を登りきり、滑り降りたときの達成感も大きな喜びです。ルート選定から滑走ラインの決定まで、すべてを自分たちで考え、実行するプロセスそのものが楽しみの一部となります。
厳しい自然環境に身を置くことで、心身ともに鍛えられ、新たな自分を発見する機会にもなります。
バックカントリーは危険?雪崩は怖い?
前述の通り、バックカントリーには魅力がある一方で、無視できない危険が常に存在します。特に雪崩は、バックカントリーにおける最大のリスクであり、死に直結する非常に怖い自然現象です。
雪崩は、斜面に積もった雪の層が、何らかのきっかけで崩れ落ちる現象を指します。その速度は時速100kmから200kmにも達することがあり、一度巻き込まれれば人間の力で抗うことはほぼ不可能です。
雪に埋没すると、圧迫による窒息や低体温症で、わずか15分程度で生存率が急激に低下するというデータもあります。
雪崩以外にも、天候の急変による視界不良(ホワイトアウト)や低体温症、滑落・転倒による怪我、道迷い、木や岩への衝突など、様々なリスクが潜んでいます。これらの危険は、単独で発生するだけでなく、複合的に起こることも少なくありません。
ただし、これらのリスクは正しい知識と適切な判断、そして十分な準備によって、その発生確率を大幅に下げることが可能です。危険を正しく恐れ、適切に対処する姿勢こそが、バックカントリーを楽しむ上での大前提となります。

最低限知っておきたいルールとマナー
バックカントリーには法律で定められた明確なルールはありませんが、安全を確保し、誰もが気持ちよく自然を楽しむために、登山者や滑走者の間で共有されている暗黙のルールやマナーが存在します。
他のパーティーへの配慮
山では、自分たち以外にも行動しているグループがいます。先行するパーティーがいる場合は、落石や雪崩を誘発しないよう、十分な距離を保つことが大切です。
また、狭い場所でのすれ違いや追い越しの際には、必ず声を掛け合いましょう。休憩場所や斜面を独占せず、譲り合いの精神を持つことが求められます。
自然環境への配慮(リーブ・ノー・トレース)
「リーブ・ノー・トレース(Leave No Trace)」は、自然環境に与えるインパクトを最小限に抑えるための行動原則です。
具体的には、ゴミは必ず全て持ち帰る、動物に餌を与えない、植物を傷つけない、といった行動が挙げられます。美しい自然を後世に残すためにも、全ての人が意識すべき重要なマナーです。
登山届の提出と駐車マナー
バックカントリーに入る際は、万が一の事故に備え、必ず「登山計画書(登山届)」を作成して管轄の警察署や登山口のポストに提出してください。これは、自分自身の安全を守るための義務と考えるべきです。
また、登山口周辺での駐車は、地元住民や他の登山者の迷惑にならないよう、指定された場所に停めるのがマナーです。路上駐車が原因で除雪車や緊急車両の通行を妨げることがないよう、細心の注意を払いましょう。

最初に揃えるべき必須装備「三種の神器」
バックカントリーに入る際、絶対に携帯しなければならない安全装備が3つあります。これらは「三種の神器」や「アバランチギア」と呼ばれ、雪崩に遭遇した際に自分や仲間の命を救うための最後の砦となります。
これらの装備は、ただ持っているだけでは意味がありません。いざという時に迅速かつ正確に使いこなせるよう、日頃から繰り返しトレーニングしておくことが極めて重要です。
| 装備名 | 機能と役割 |
|---|---|
| ビーコン(Avalanche Beacon) | 雪崩で埋没した人を探し出すための電波送受信機。 行動中は常に「送信(Send)」モード。 捜索活動を行う際は「受信(Search)」モードに切り替え。 埋没者が発する電波を頼りに位置を特定。 |
| ショベル(Shovel) | 雪崩で固く締まった雪を掘り起こすための道具。 埋没者の位置を特定した後、迅速に掘り出すために使用。 プラスチック製ではなく、強度のある金属製のものが推奨。 |
| プローブ(Probe / ゾンデ) | 埋没者の正確な位置と深さを特定するための折りたたみ式の棒。 ショベルで掘る前に、雪面に突き刺して埋没者を探し当てる。 一般的に240cm以上の長さが必要です。 |
安全のために必要な知識とスキル
バックカントリーでは、豪華な装備を持つこと以上に、知識とスキルが自身の安全を左右します。主に必要とされるのは、「ナビゲーション」「気象」「雪」に関する知識、そして「滑走技術」や「救助技術」です。
ナビゲーションスキル
現在地を正確に把握し、目的地まで安全にたどり着くための技術は不可欠です。地形図とコンパスを使いこなせることはもちろん、GPSアプリなども補助的に活用し、常に自分の位置を確認する習慣をつけましょう。特に、視界が悪い状況下では、このスキルが道迷いを防ぎます。
気象と雪に関する知識
天候の予測は、行動計画を立てる上で非常に重要です。出発前には必ず天気図を確認し、山岳地帯の気象情報を複数の sources から入手するべきです。また、積雪の構造や雪質の変化を理解し、雪崩が発生しやすい危険な地形や兆候を見抜く知識も、リスクを回避するために必要となります。
滑走技術と応急処置
バックカントリーの雪質や斜面は、ゲレンデのように整備されていません。深雪や悪雪、アイスバーンなど、あらゆる雪質に臨機応変に対応できる高い滑走技術が求められます。 加えて、万が一の怪我に備え、基本的な応急処置(ファーストエイド)の知識と技術を身につけ、必要な装備を携行することも大切です。
実践編:安全なバックカントリーの始め方

基本的な知識を身につけたら、次はいよいよ実践です。ここでは、初心者が安全にバックカントリーをスタートするための具体的なステップを紹介します。
- まずはガイドツアーへの参加を検討しよう
- 雪崩講習の内容を事前に理解する
- おすすめのアバランチ講習とその選び方
- ウェアやザックなどその他の重要装備
- 加入が必須のおすすめの山岳保険
まずはガイドツアーへの参加を検討しよう
知識や装備を揃えたからといって、いきなり仲間内だけでバックカントリーに入るのは非常に危険です。最初のステップとして、プロのガイドが主催する初心者向けのガイドツアーに参加することを強く推奨します。
ガイドツアーに参加するメリットは数多くあります。まず第一に、経験豊富なガイドがその日のコンディションを判断し、最も安全で楽しめるルートを選んでくれるため、リスクを大幅に軽減できます。
また、装備の使い方やハイクアップのコツ、滑走のテクニックなど、実践的なスキルを現場で直接学ぶことが可能です。
さらに、自分と同じレベルの仲間と出会える良い機会にもなります。ガイドツアーを選ぶ際は、少人数制で、初心者向けの講習内容が充実しているツアーを選ぶと良いでしょう。公認の山岳ガイド資格を持つガイドが在籍しているかどうかも、信頼性を見極める重要なポイントです。
雪崩講習の内容を事前に理解する
バックカントリーを楽しむ上で、雪崩に関する専門的な教育を受けることは、もはや必須事項と言っても過言ではありません。
雪崩講習(アバランチセーフティートレーニング)では、雪崩の危険を自ら判断し、回避するための知識と、万が一事故が発生した際に仲間を救助するための技術を体系的に学びます。
講習は、座学と雪上での実技を組み合わせて行われるのが一般的です。別の記事では雪崩講習に詳細をまとめているため、気になる場合はご確認ください。
座学で学ぶこと
座学では、雪崩発生のメカニズム、雪崩を誘発しやすい地形的特徴、積雪の安定性を見極める方法、気象が雪崩リスクに与える影響、そしてリスクマネジメントの考え方などを学びます。過去の事故事例を分析することもあります。
雪上実技で学ぶこと
雪上実技では、ビーコン、ショベル、プローブを使った捜索救助訓練を重点的に行います。複数名が埋没したケースなど、より実践的なシナリオでトレーニングを重ねます。他にも、積雪の状況を観察するピットチェックの方法や、安全なルート選定(セーフティールートファインディング)の訓練も実施されます。
おすすめのアバランチ講習とその選び方
日本国内では、いくつかの団体が国際的な基準に準拠した質の高い雪崩講習を提供しています。どの講習を選ぶかは、安全なバックカントリーライフを送る上で非常に重要な選択です。
講習を選ぶ際のポイントは、カリキュラムの信頼性、指導者の資格と経験、そして受講者のレベルに合っているかどうかです。
| 講習の種類(例) | 主な特徴と対象者 |
|---|---|
| 日本雪崩ネットワーク(JAN) | カナダの基準を導入した国内最大級の雪崩教育機関。 初心者向けの「AST1」から専門家向けのコースまで体系的なプログラムを提供。 バックカントリーを楽しむ多くの人におすすめ。 |
| 日本山岳ガイド協会(JMGA) | 山岳ガイドの育成・認定を行う団体。 スキーガイドステージⅠなどで、雪崩に関する知識と技術を学べる。 プロのガイドを目指す方も対象。 |
| アドベンチャーガイズ | 雪崩教育に特化した国際組織「アバランチカナダ」のプロフェッショナル会員が運営。 より専門的で実践的な内容を求める方向け。 |
これらの団体が提供する初心者向けコース(例えばJANのAST1)から始めるのが一般的です。
公式サイトで講習内容や日程、開催場所を確認し、自分のスケジュールやレベルに合ったものを選びましょう。
評判や口コミを参考にするのも良い方法ですが、最終的には指導者の質やカリキュラムの内容で判断することが大切です。
ウェアやザックなどその他の重要装備
三種の神器以外にも、バックカントリーでは様々な専用装備が必要となります。特にウェアとザックは、快適性と安全性に直結する重要なアイテムです。
ウェア(レイヤリングシステム)
バックカントリーでは、ハイクアップで大量の汗をかき、滑走時には冷たい風にさらされるため、体温調節が非常に重要になります。そこで基本となるのが、「レイヤリング」という重ね着の考え方です。
- ベースレイヤー: 肌に直接触れる層。汗を素早く吸収し、外に発散させる速乾性の高い化学繊維やウール素材を選びます。
- ミッドレイヤー: 保温を担当する中間着。フリースや薄手のダウンなど、保温性と通気性を両立したものが適しています。
- アウターレイヤー(シェル): 雪や風、雨から体を守る最も外側の層。防水性、防風性、そして内側の湿気を逃がす透湿性を備えた素材(例:GORE-TEX)が一般的です。
バックパック(ザック)
バックパックは、三種の神器やウェア、食料、水分など、全ての装備を収納するために不可欠です。容量は日帰りで30〜40リットル程度が目安となります。
スキーやスノーボードを装着できる機能、そしてショベルやプローブを素早く取り出せる専用の収納スペースがあると便利です。
近年では、雪崩に巻き込まれた際に浮上を助ける「アバランチエアバッグ」を搭載したモデルも普及しており、安全性を高めるための選択肢として検討する価値があります。
加入が必須のおすすめの山岳保険
バックカントリーで万が一事故に遭い、救助が必要となった場合、その捜索・救助費用は数百万円にものぼることがあります。
これらの費用は公的な健康保険ではカバーされず、全額自己負担となるため、山岳保険への加入は絶対的な義務と言えます。
一般的な旅行保険や傷害保険では、スキー場の管理区域外での遭難は補償対象外となるケースがほとんどです。そのため、バックカントリーでの活動が明確に補償範囲に含まれているか、契約前に必ず確認する必要があります。
山岳保険を選ぶ際の比較ポイントは以下の通りです。
| 確認項目 | チェックするべき内容 |
|---|---|
| 捜索・救助費用 | 遭難時のヘリコプターや救助隊の費用が十分にカバーされるか。 最低でも300万円以上の補償額が推奨されます。 |
| 補償範囲 | バックカントリースキー・スノーボードが補償の対象となっているか。 ピッケルやアイゼンを使用する山行も対象かなど、活動内容を細かく確認します。 |
| 賠償責任 | 他人に怪我をさせてしまったり、他人の物を壊してしまったりした場合の補償。 落石事故などを起こす可能性も考慮し、付帯していると安心です。 |
| 入院・通院費用 | 自身の怪我による入院や通院費用が補償されるか。 |
具体的な保険商品としては、jRO(日本山岳救助機構合同会社)や日本山岳協会(日山協)の山岳共済などが知られていますが、近年では損害保険会社からも多様なプランが提供されています。
自分の活動スタイルや頻度に合わせて、複数の保険を比較検討し、最適なプランを選んでください。別の記事でもバックカントリーにおすすめな保険をまとめた記事もあるため参考になれば幸いです。
総括:安全なバックカントリーの始め方について
この記事では、バックカントリーを安全に始めるための知識、装備、そして実践的なステップについて網羅的に解説してきました。最後に、本記事の最も重要なポイントをまとめます。
- バックカントリーは管理されていない自然の雪山
- ゲレンデとの最大の違いは自己責任の原則にある
- 魅力は手つかずの自然と滑走の達成感
- 雪崩は最も警戒すべき最大の危険
- 天候急変や道迷いなど他にもリスクは多数存在する
- 登山計画書の提出は登山者の義務
- ゴミの持ち帰りなど自然への配慮を忘れない
- 三種の神器(ビーコン、ショベル、プローブ)は必須装備
- 装備は使い方を習熟して初めて意味を持つ
- ナビゲーションや気象に関する知識が不可欠
- あらゆる雪質に対応できる高い滑走技術も必要
- 最初はプロのガイドツアーに参加するのが最も安全
- 雪崩講習の受講は安全のための投資
- ウェアはレイヤリングで体温調節を行う
- 捜索・救助費用をカバーする山岳保険には必ず加入する


























